この項では,広州や中国に対しての印象や出来事について,記したいと思います。
(あくまで私の私見です)
【訪問地と行動】(訪問初年)
1994 はじめての中国語圏,香港・広州・シンセンへ
1996 蒸気機関車撮影のため肇慶,三水,韶関等を初訪問。他の初訪問地は佛山,陽江(海水浴),従化(温泉)等
2001 初めて広東省外へ。海南島(海口,三亜,隆興 等)
2002 桂林(陽朔)
2005 意外にも北京を初訪問
2006 雲南省・麗江,寧浪(ほぼ素通り),落水(瀘沽湖),大理,昆明(一瞬) 等
2007 恩平,開平,珠海,中山 等
・・・ご覧のように,ほとんど広州から出てません・・・_| ̄|○
2000年ごろまでは,三水・肇慶あたりに通っておりました。
2001年以前はビデオカメラとフィルムカメラ中心だったので,このブログでは2002年以降の画像から先にアップしております。
最初の7年ぐらいは広州の夏の気候と中国料理が合わず,苦痛でしたが,1996年~2000年はまだ広東省に現存していた蒸気機関車撮影だけを糧に堪えておりました。
>>>私の別サイト
蒸気機関車が消えてからは,仕方なく日常の風景を撮影するようになりました。
料理のレストランと画像が多いですが,実は特に食への思い入れが強いわけではありません。
(が,一応,味の優劣はわかるほうだと思います)
ヒマ潰しに料理の写真を撮りはじめたのですが,ブログに載せるようになってからは,料理名や値段,所在地などをメモするのが忙しくなり,まったく食べる暇がなくなって一時断念しておりました。
が,心優しき現地の知人・友人たちや,店の服務員さんたちが面白がって総出でフォローしてくれるようになり,なんとか記録は続いております。
【広州の在留日本人】
90年代半ばは,広州で日本人に遭遇することはほとんどありませんでした。
当時,合弁企業も今に比べると数が少なく,日本の企業の駐在員の方も「香港常駐でシンセン・広州をカバー」というケースも多々あったようです。
1997年か98年ごろに現地在留の知人から,在留邦人数は「200人程度」ときいたことがあります。
現在では,観光地や商業施設等で日本語を耳にすることも増えました。
現地中国人の方の体感では,「1万人を超えているかも」とのこと。
※平成19年度発表の統計では,前年比28.83%増,同18年度は前年比46.8%増となっております。
平成19年度('06年10月1日現在) 4,890人
平成18年度('05年10月1日現在) 3,809人
平成17年度('04年10月1日現在) 2,594人
平成16年度('03年10月1日現在) 1,467人
平成15年度('02年10月1日現在) 1,238人
平成14年度('01年10月1日現在) 1,297人
尚,在留邦人の数は旅券法第16条に基き義務付けられた,在留届を在広州領事館に提出された方の人数となりますので,未提出者や両動的な員数,永住者を含めた実数は,外務省の発表より相当多いと思われます。
※旅券法第16条(外国滞在の届出)
旅券の名義人で外国に住所又は居所を定めてこ3月以上滞在するものは、外務省令で定めるところにより、当該地域に係る領事館の領事官に届け出なければならない。
【広州の料理って】
ちなみに,広州の料理が合わない,という日本人の話はあまり聞いたことがありません。私はよっぽど特殊な例だと思われます(日本では納豆とクサヤ以外,何でも食べるのですが・・・)。
ゆえに,これから広州へ転任される方やご家族の方,旅行で訪問される方は,過度な心配はご無用かと思われます。
私も現在では,中国料理以外は食べなくなってますし,逆に日本で中国料理を食べる際に不足に思います。
ヽ(;´Д`)ノ
【中国の世界遺産】
観光地より路地などに萌えるため,あまり行ったことがありません。。。
行った事あるのは下記のみ。
万里の長城(The Great Wall)・・・八達嶺長城のみ
北京と瀋陽の明・清王朝皇宮(Imperial Palaces of the Ming and Qing Dynasties in Beijing and Shenyang)・・・北京の故宮のみ
麗江古城(Old Town of Lijiang)
頤和園(Summer Palace, an Imperial Garden in Beijing)
明・清王朝の皇帝墓群(Imperial Tombs of the Ming and Qing Dynasties)・・・明の十三陵のみ
開平望楼と村落(Kaiping Diaolou and Villages)